昭和42年12月15日 朝の御理解



 今朝方私は、こういうお夢を頂いた。まどこにでもその教会、教会のひとつの特色というものがございますが。甘木の教会にお参り致しますと、御結界が(てつお?)、その横に、こういう広い玉串あんが置いてある。その玉串あんの上にその色とりどりの御神米入れが、色とりどりのふくさに包んで、もう(いたてっこ?)積んであるね。朝の御祈念なんかにお参りするんでしょ。みんなお届けをします。やはり参拝者が多いと、その時間かかりますから、ま皆ここに置いて行くんですね。
 そしてちょうどよか時に、自分の御神米入れを頂いて行くという訳なんです。というようにちょうどそういう情景ですけれども、甘木じゃないんです。いっぱい色とりどりの御神米入れが、色とりどりの赤、青と言った様な、あの紫のふくさに包んである。そん中に、私の使っております御神米入れとふくさ。私のはすぐちょっと変わった、どう言いますか、自分ですぐ分かるんですね。やあ私のがあすことにあがっていると、私も思っていたんです。そうしましたらですね。
 そうするとどこから吹いてきたか、起こってきたか分からないようにですね、一陣の風が吹いてまいりましてね。それがもう竜巻風のように、そこにあったその御神米入れがですね、みんなそれこそ昇天高く舞い上がってしまう。もうふくさはふくさ御神米は御神米で、全部(どうですなって、?)バーっとその空に舞い上がるね。それがもう竜巻風なんです。それで私はもう心の底から、生神金光大神様、生神金光大神様って、そのお祈りさせて頂いておりましたらですね。
 もうみんなどこへ飛んでいったやら分からないような、その御神米入れやそのふくさやらがですね、私のだけが私の胸に舞い降りてきたと言う様な、お夢だった。皆さんどういうふうに頂かれますか。私どもがですねややも致しますと、神様を外しておる。ややもすると、もう金光様よりか心配の方が先に立つ。と言う様な事がないでしょうか。いつも心から神様を外さないで済むおかげを頂かにゃいけんね。
 もし外しておりましてもですね。生神金光大神様と祈るところに、そこに金光大神の特別のお取次ぎの働きが、天地の親神様が天地が自由になると仰るようなおかげになって、現れてくるのですね。金光様どこえやらそれこそ(急転みたいな所?)なんかに舞い上がってしまって、信心を外してしまうと言った様な事ではおかげにならんのです。昨日ここを下がらせてもらいましたのが、もう11時ちょっと過ぎてございましたが、昨日新年号の『根賀以』がもう編集にかかっております。
 学生会の方達それから(よくよか?)先生もあそこに一緒にコタツの間で、やっておりました。もう一生懸命なんか作文を一生懸命、一緒に書きよりました。そしたら暫くしまして、昨日はあの私の新聞の中にある、あの『ね』というのがございますね。私の伝記。ね。月々載せられております。それで来月は、載せなければならないところを今晩聞かせておいてくれというので、夕べ1時間あまりでしたか。
 まあその次続きになるの所のお話をさせて頂いておりましたら、傍で栄四郎などの書いてなんか書いておりますものを、「お父さんちょっと見て下さい」と言う訳なんです。今度の新年号に今度は申年ですからね。申年の者がまあ子供からお年寄りまで、申年の人達が何かその一筆書けというて、その皆さんから言われたらしいんですよ。だからま栄四郎が、少年少女部会を代表して、何かをその書く事で決まったのを、ひねっとった訳です。それが短い作文が出来ましたもんですから、私に見てくれって言う訳なんです。
 皆さんおめでとうございますから、書き出しとるんですよね。その私はねいつも、親先生とお風呂に入る。その時に親先生はもういつも、「生神金光大神、天地金乃神様」と風呂の中で唱えられると言う様な事を、書いておるんですね。私は本当にまああのそれこそ、これはもう自分のものになってる。自分のものですからいつもそれが、どこにでも出てくる訳なんですね。裸になっておる風呂入っておろうが、湯の中に入っておろうが、「金光様」とこう私が。
 とその一緒に風呂入って、いつの間にか見たり聞いたりしておるんですね。信心ちゅうのは、こんな風に育てられるんだなと私は思いました。そのそういうその栄四郎の作文の中にも出ておりますようにです。いつでもどこにおっても、そのいわゆる金光大神様が、もう、おのずと出てくると言う様なおかげにならなければならないと言う事ね。今日も久留米から参って来たある婦人の方が、ここへ座ったまま「親先生、今日はどうでも親先生にいっぺん、この事を聞いて頂かなければ、もう思いが晴れません。
 親先生ならどう思われるでしょうか」と言うて、話される事がです。本当に話を聞いておってですね。もう何とも分からん事じゃろうかと。もうなんと腹の立つ事ねと。言わにゃおられないような事でした。もう自分も話し終わって、涙をぽろぽろ流しておられますもん。これでもやっぱり辛抱せないかんじゃろうかと言う様な。それこそ辛抱するこつがいるもんか、やらんのって本当私が御結界すわっとって、言いたいような内容の事柄でした。人間関係ですね。
 本当にそこにひとつの、自分が正しいと思う事をぽんぽんっと言うたら、この胸が下がるだろう、向こうはわからっしゃらんかもわからないけれどもです。けれどもさそれでは信心にならんのですからね。そういう時にですよ。それこそ旋風が巻き起こったりですね、一陣の風が吹いてきて、私の心の中の神様をどこへか吹き飛ばしてしまいよる時なんですね。そういう時にもし吹き飛ばされましてもです。もうですから私が聞きよってからでも、腹が立つようにあるんです。
 私が他人事ながら「なんて腹の立つ事ね」って言いたいような内容なんです。「どうして分からんこと言う人の」って事なんです。けれども信心させて頂いたら、これでもやっぱり辛抱させて頂かにゃいかんじゃろうかというての、いわばご相談でした。それで私もういろいろ、御理解を伝えてさせて頂いたけれ、まだ胸がすっきりしません。御祈念もしっかり。それこそ、丁寧になさっておられました。それから向こうでおかげ頂いておられました。昨日の朝の丁寧という御理解でしたね。
 ま御理解を頂かれておるうちに、心がいわゆる、そのまこう落ち着いてきたようです。それから、改めてここへ出てみえられましてから、「○○さん、もうあと何日すると御大祭ですもんね。だから御大祭前にね。誰しもがあのそれぞれの、そのタケダケしそうにです。やはり修行させられておったり、修行しておりますよと。私が申しましたら、「親先生、そうでした」と言う事なんです。本当に御大祭が近付きようというのにです。報徳祭が近付きようというのにです。
 本当に何一つ修行もさせて頂かずに、おりますが、ああもう先生修行させて頂きよるとでした。もうそれこそ二人見るように変わられた。今日(【 】どげん?)なっとりますが。もう本当に親先生のそのお取次ぎを頂いて、もう今日ばっかりはお取次ぎを頂いて、日頃たまりに溜まっておる、その蓄積しておるところの腹立ちをですね。今日だけは言わせてもらわなならんと思うて、尋ねてきたもんなんです。本当に、言わんで済むこれならば平常心をもって、一つ今日もまた会う事が出来ると言うて帰られました。
 そういう時私共がですね。それこそ頂点高く神様をなぐっ散らかしてしまって、その手元に神様がない時であるね。自分の心の中に神様がござらん時ね。それでもです。いうなら私共が「生神金光大神様」と、こうお取次ぎ頂いて、お願いするところにです。また自分の手元に神様が帰ってきてござるという感じがするじゃないですかね。そこに私は信心の頂いておるもんの値打ちがあるね。
 何でもない時に「金光様金光様」言うようにありましても、いざという時に私は外したら、信心させて頂いておる者の値打ちがない。それはもうそれの方が当たり前。人間でもそりゃ恥をかくような時に私はですね。今日の信心を生かしていかなければならないという風に思うのです。今度の「根賀以」のああ私の伝記のえ、12月号がちょうど善導寺の40年の記念祭を迎える為に、1年間の修行させてもらう。そしてそこにどうしてもおかげならんから。
 もう12月3日は御大祭だというのに、11月になっても、自分の思いの中にはならない。そこで私があの草野の上の滝場に、山に登ってそこで私はもう11月というのにそれこそ、初めてあんな夕立に遭ったと言う様な、もう全山を揺るがすようなその夕立でした。あの雷さんがなるわけですね。もうそれこそ。それから私はあの、おこもり堂に走り込んでそしてそこで暫く修行させて頂いて、そこで心を開かせてもらった。そしてそのそこからもうほんとに、神様から頂いたその事がです。
 そのままに実現してまあ目出度く、40年の記念祭を頂き終わる事ができた、と言う所までなんです。この12月。まだ12月の30日までありません。で11月は、私記念祭を終わってすぐ、福岡に出ております。そこから又昨日話を続けさせてもらったんですね。そしてもうほんとに全然未知の所です。福岡という所は。ところが商売をするには福岡だとこう思うて、福岡に出らせて頂いて。
 それこそ宿もなからなければお金もない。何にもないもの尽くしの、中からどうしてこんな、あんな大胆な事ができるだろうかと思うように、神様から親先生から小さい新しいお社をね、御神社をお祭りして頂いて、それと少しばかりの身の回りの道具を持って、私は福岡へ出ております。そしてその日は福岡の教会に、もう強引に私が泊めてもらっておりますね。そしてその翌日に、1台の自転車とその夕方になると(夕方から、)下宿をこうさがし出しております。
 もうそれこそお金も無いのに、自転車が入ってきた。いわゆるたよりになる所、そのん(小さい的なるところ?)で、まだ秋永先生なんか全然知らない時分ですからね。福岡って所を全然知らない時です。もう(もうしびに、その2階を部屋を【 】?)2階を借りた。ところが今度は十人、五人そこんところが、もうやっぱり詳しくその事を話したんですよ。そしてその話し終わってから、言われるんですよね。「先生、今度の場合のここの所の場合ですね。
 その信心をどこに焦点を置いたらよいだろうか。」ね。例えばひとつの文章書くのが山場っていうのが必要なんである。で私が申しましたね。とにかく私がその前の記念祭を、ところのところではですね、もうそれこそ1年間神様の御大祭、寄与する為に一生懸命になっとるにも拘らず、もうおかげが頂けなかった。ところが最後の11月という時になってですね。その記念祭の為に、私は1年間は一生懸命働きます。そして私の小さな生まれてくるところの、ま浄財ですかね。
 その儲けというか。そういう物をもう全部、記念祭の為に使わせて頂くと言う様な、いうなら美しい心をもって、そのあたっておるにもかかわらず、その自分の思いというのは、いつもチグハグになっておる。いうならばおかげというのは。それで私は分らん様になった。そこで山に篭ってわからせて頂いた事はですね。いかにも記念祭の為には美しい心を真を捧げているようであるけれども、記念祭が済んだらそのかわり神様、私の為に働いて下さいと言う様な、内容があった事に気付かせて頂いた。
 いわゆる条件があったね。そこでそういう条件が神様に捨てられたところにです。それこそ、10ヶ月の間に何にもなかったものが、11ヶ月目にバタバタ自分の願い、思いというものが成就したね。御大祭の為に条件つきの修行ではいけなかったと言う事であるね。けれども成程確かにその記念祭を迎える1年間のその間に、思いもよらず力を頂いておった。どういう力かというとお金もなからなければ仕事もない。福岡に渾然として1人出らせて頂けるだけの力を持っておったね。
 確かにそうであった。そして確かにもうほんとに、そこの所をお話を致しますと、もうそりゃほんとじゃあるじゃろかというようなおかげを頂いておった。(もうしわのところで、?)1台の自転車を、私が買い受けております。掛けで私に貸してくれね。そして夕方には、もう自分の住まう所ができとります。もうそれこそ置いたものをとるように。そ私はその今度のところは、そこの所をですね。ま山場にするなら山場にせないかん。強調するなら強調しなければいけない。
 話はそれだけなんですけれども、けれどももう記念祭をもって得たところのね、無条件の御大祭を迎えたのは、無条件の修行がです。私をしてもうお祭りが済んだその後には、私が、もちろん単身ですけれども、なんもわからない福岡の町に出らせるね。で思うようなそうような普通で言うならば無謀な、その無計画な計画とでも申しましょうかね。そして実際に、置いたものを取るようにおかげを受けておるという、その事実をです。私は記念祭を通して、私は力を受けておったと言う事ですね。
 まあそれからのおかげというものは、もうその調子のものでありましたがね。そういうひとつの一途な神様を、心の中に頂かせてもらおう。それを年々自分の血肉に、その頂いてしまおうと。頂けるように、おかげを頂かせてもらうというかんにです。今日私は、皆さんに聞いてもらいますようにね。施風と共にいわゆる、その御神米入れもふくさも飛んでしまうような事もあるけれどもね。そこのところを私は、生神金光大神様と。もうその他の事じゃない。
 生神金光大神様を唱えさせて頂けれる、だけの信心とゆとりを頂かせてもろうて、また手元にそれが返って来る様な、おかげを頂かせて貰わなければならない。お祭りを頂かせて頂く前に、まあそれぞれ皆さんお届けがあっとります。お祭りの頂くまで様々な修行をさせて頂くとこういうね。それがどの位その生きた次ぎの力になるか、働きになるかわからんですよ。そしてそこにどう言う様な事が、起こってきてもです。どういう旋風が起こってきてもですね。
 「はあこれが大祭前の修行だ」と、そのわかった時に今までの、思いがもうそれこそ、嘘のようになくなってしまう。平常心になる事ができておられる。昨日のその話。そこに、佐田さん達が夫婦でお参りになっておられますが、先日お届けがあった。「御大祭が済むまではお父さん、夫婦で出来る修行を一つ思い立たせて頂きましょうや。」と言うて、夫婦で修行にかかられたね。ところがある事でその修行がちょっと破れた。そしたらもうてきめん私共夫婦の上にです。
 いわゆるお気付けを頂いた。まあそういう生きた神様の働きというものを、私共のようなささやかなその信心ものの、ささやかな修行でも、神様はこうやって、的確に受けて頂いているという事実がわかる。お参りさせて頂いて、また改めてご修行に取り組んでおられます訳ですがですね。本当にそういう修行が、いかに神様に通うておるかと言う事をです。思わして頂く。
 それがですから私共の力にならんはずがないのですね。力を受けて次の問題である。力を受けて次のおかげであるね。力を受ける信心にならないかんのですよ。ただその問題になら問題にです。もう目の前が真暗になってしまって、生神金光大神様、何もかんも吹き飛ばしてしもうてからね。あれこれと教導するような事ではなりません。どうぞしっかり神様を、栄四郎じゃないですけれどね。
 最後に言うておりますように、どうか作文でもよいから。お父さんのそういう信心を今年こそは頂きたいと言った様な事を、ま書くつもりらしいんです。最後の所がちょっとおかしかったから、私ちょっとヒントを与えておったね。ですからほんとそこお父さんがいつでもお風呂の中で。いつもお風呂に入らしてもらうと、お父さんがいつも生神金光大神様天地金乃神様を唱えておられるとね。
 お父さんがね「親先生、親先生はいつも、生神金光大神様、天地金乃神様をいつも心の中に頂いておられる生き方だ」と言った様な事を書いておるね。だからこの申年にちなんでです。「僕は今年は申年で、申年だからそれこそ猿まねでも良いから、神様を外さないように、真似でもさせてもらいたい」と言った様な事を栄四郎の、そのその作文の中からですね。皆さんもやはりそう言う様な、本気での稽古をですね、なされなければならんと思うのです。
   どうぞ。